演劇界や映画界のハラスメント撲滅に取り組んできた弁護士から、立場を利用して性的関係を強要されたとして、舞台俳優の女性が弁護士を訴えていた裁判が東京地裁で和解した。和解成立は5月20日付。女性の代理人が公表した。
和解内容は、被告の馬奈木厳太郎(まなぎ・いずたろう)弁護士が、原告の知乃さんに対して謝罪し、解決金を支払うというもの。弁護士ドットコムニュースは、馬奈木弁護士にコメントを求めたが、期限までに回答はなかった。
●「女の子たちにあなたのせいじゃないと言いたい」
知乃さんの代理人によると、和解条項には、解決金の支払いに加え、馬奈木弁護士が「知乃さんの言動を誤解し、知乃さんの真意に反して性的関係を持ったことを認め、謝罪すること」との内容が盛り込まれたという。
知乃さんは「演劇・映画・芸能界のセクハラ・パワハラをなくす会」の代表として活動する中で、民事訴訟の代理人を馬奈木弁護士に依頼。しかし、望まない性的関係を求められたとして、2023年3月に慰謝料1100万円を求めて提訴していた。
知乃さん側は、馬奈木弁護士による「エントラップメント型ハラスメント」だと主張し、注目を集めた。
エントラップメントとは、「罠にはめる」という意味で、精神的・物理的に徐々に逃げ道をふさいでいき、明確な暴力がなくとも逃げられない状況に追い込み性行為を強要するというものとされる。
知乃さんは、代理人を通じて、次のようにコメントしている。
「私の事案の報道で初めて『エントラップメント型ハラスメント』という言葉を知る女の子がいると思います。『エントラップメント型』と名前がつくハラスメントがこの世にあることを頭の片隅に入れておいてほしい。これが、私が一番強調したいことです。
エントラップメント型ハラスメントの被害者は、意志に反する性的関係に応じてしまったことを自分のせいだと責めてしまうことが多いと思います。でも、『あなたのせいじゃないよ』ってことばかりです。目を覚ましてほしい。それはハラスメントだよ、と何度でも言いたい」(一部抜粋)
●「法律家全体で性暴力の認識アップデートを」
知乃さんの代理人3人も連名で次のようにコメントした。
「人間関係に乗じたハラスメントに苦しむ方々は少なくありません。知乃さんは、自身の闘いがそのような方々を少しでも励まし、尊厳を守るための行動を応援することを願って声を上げました。声を上げることは意味があるという知乃さんのメッセージが少しでも多くの方に届くことを願います」
また、大阪地検検事正だった男性が部下の女性検事への準強制性交罪に問われている事件や、大分県の女性弁護士が、弁護士会会長もつとめた男性弁護士からの性的関係強要に苦しみ自死した事件(民事訴訟で遺族が勝訴)などにも言及。
「本件は、弁護士含む法律家にも、他人事ではない教訓を残し、業界のありようを問う性質のものと考えています」「法律家であるために、性差別、性暴力に対する法律家全体の認識を更にアップデートし、性差別や性暴力を生む構造について深い知見を身につけることの必要性を強調したいと思います」
●ハラスメント撲滅を掲げていた馬奈木弁護士
弁護士ドットコムニュースは、馬奈木弁護士に取材を申し入れたが、期限までに回答はなかった。
知乃さんが提訴するまで、馬奈木弁護士はドキュメンタリー映画の制作にも関わるなど、演劇・映画分野を支える活動をおこなっていた。また、ハラスメント撲滅を掲げた取り組みにも関与していた。
過去の取材では、次のように話していた。
「ハラスメントを再び起こさないために、弁護士はもっと予防に力を入れたほうがいいと思っています。弁護士には持てるスキルや知識があり、それを有効的に使える場があります」